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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9701号 判決

甲事件原告 高島嘉久

乙事件原告・甲事件被告 波田野八重子 外二名

甲事件被告・乙事件被告 相山長八こと相山武夫

主文

一1  被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美は各自原告高島嘉久に対し金一二二万三七二〇円及びこれに対する昭和四七年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告相山武夫は原告高島嘉久に対し金三六七万一一六〇円及びこれに対する昭和四七年二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告高島の被告相山に対するその余の請求を棄却する。

二  被告相山武夫は原告波田野八重子に対し金四〇〇万円、原告波田野久美、同波田野直美に対し各金三〇〇万円及びそれぞれに対する昭和四八年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用中昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件について生じた分は被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美、被告相山武夫の負担とし、昭和四八年(ワ)第二四七二号事件について生じた分は被告相山武夫の負担とする。

四  この判決は第一項1、2及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

(昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告相山武夫は、原告高島嘉久に対し、金三六七万一、一六〇円及びこれに対する昭和四七年二月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  主文第一項1と同旨。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

A(被告らに対し共通)

1  原告は高島商店の名で宝石の購入卸売販売等を業とするものであり、訴外亡波田野忠夫(以下亡忠夫という)はハタノ真珠商会の名で宝石の購入小売販売を業とするものである。

2  原告は、昭和四六年一一月二七日当時、亡忠夫に対して、以下に記載する合計金四四一万五、三二〇円の金銭債権を有していた。

(一) 金二四一万二、二八〇円

約束手形金であり、内訳は次の通りである。

(1)  金九二万二〇〇〇円

(2)  金七〇万六〇〇〇円

(3)  金七八万四二八〇円

これらは、いずれも振出地及び支払地が東京都杉並区、振出人が亡忠夫、支払場所が株式会社三和銀行永福町支店、受取人が原告であり、振出日は、(1) が昭和四六年九月七日、(2) が同年一〇月二六日、(3) が同年一一月一二日であり、支払期日は、(1) が昭和四六年一一月三〇日、(2) が同年一二月三一日、(3) が昭和四七年一月三一日である。

(二) 金一四六万四、八四〇円

昭和四六年四月九日から同年一一月二四日までに販売した別紙「取引経過一欄表」ないし57記載の宝石類の売掛残代金。

(三) 金六、七〇〇円

昭和四六年一一月中に加工したホワイトゴールド指輪の加工料。

(四) 金五三万一五〇〇円

販売のため一週間ないし二週間の約定で昭和四六年一一月一六日委託した商品のうち同月三〇日ころ返還を求めたのに返還を受けられなかつたダイヤ三個(後に返還を受けた一・八カラツト四二万円相当を含む)の損害賠償債権。

3  亡忠夫は、次の交通事故により死亡した。

(一) 発生時 昭和四六年一一月二七日午前二時五〇分ころ

(二) 発生地 群馬県安中市郷原一二九四番地先国道上

(三) 事故車 普通乗用自動車品川三三さ第一九一三号

運転者 被告相山武夫の二男である訴外亡相山武章

(四) 態 様 亡忠夫を同乗させて、訴外亡相山武章が事故車を運転、進行中、同人の前方注視義務違反により発生地に停車中の大型貨物自動車(習志野一な第三五三号)に追突せしめ、亡忠夫は死亡した。

4  原告は、亡忠夫に対し2記載の債権を有するところ、先に売渡したダイヤ一・一二カラツト金二五万円、ダイヤ一文字指輪金七万四一四〇円及び一・八〇カラツトのダイヤ石金四二万円の三個の商品(前二者は販売した商品、後者は委託販売商品)が返還されたので、これを販売代金及び委託商品の損害額から差引くと原告の亡忠夫に対する金銭債権は合計金三六七万一一八〇円となり、このうち、手形支払分を除けば、その支払期限は、昭和四六年一二月三一日である。

5  被告波田野八重子は、亡忠夫の妻として、被告波田野久美、同波田野直美は亡忠夫の子として、法定の相続分に従い、亡忠夫の原告に対する金銭債務を承継した。

B(被告相山武夫に対して)

1  被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美は、亡忠夫が、前記事故車の運行供用者であり、自動車損害賠償保障法第三条による責任を負う被告相山武夫に対して有する損害賠償請求権を、法定相続分に従い相続したが、被告波田野らは、右以外に資産はない。

2  前項の損害賠償請求債権の合計金額は、金五〇二一万三九〇〇円であり、内訳は次のとおりである。

(一) 亡忠夫の慰藉料 金五〇〇万円

(二) 亡忠夫の逸失利益 金四五二一万三九〇〇円

(1)  亡忠夫の年収は、昭和四六年四月から同年一一月までの八か月間における原告からの交付商品代金の合計は七二〇万六七二〇円であり、これらの小売販売利益は三割を下らないから、年間金三二四万三〇二四円である。

(2)  亡忠夫の年間生活費は、妻と子供二人の家族構成からみて収入の三〇パーセントを超えないので同人の得べかりし年間利益は、金二二七万一一六円である。

(3)  亡忠夫は死亡時二八才であり、健康であつたから、あと三五年は就労が可能であり、この間、毎年少なくとも右金額の得べかりし利益を失つた。

(4)  右三五年間の利息をホフマン式計算で差引くため年別にホフマン式で年五分の利息を差引いた残金の計算係数は一九・九一七であるから、結局、亡忠夫の逸失利益の総額は金四五二一万三九〇〇円となる。

(三) よつて、原告は、被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美に対し、それぞれ相続債務の範囲内である金一二二万三七二〇円及びこれに対する弁済期の後である昭和四七年二月一日より支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告相山武夫に対し、被告波田野ら三名に代位して被告波田野ら三名の有する前記相続債権中、第一次的に亡忠夫の逸失利益、第二次的に慰藉料のうちから金三六七万一一六〇円及びこれに対する相続債務の弁済期の後である昭和四七年二月一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告相山武夫)

1 請求原因Aの1、2の事実は不知。

2 同Aの3のうち、波田野忠夫・相山武章らの死亡事故のあつた点は認めるが、その余は不知。

3 同Aの4、5、Bの1、2の事実は不知。

(被告波田野八重子、同久美、同直美)

1 請求原因Aの1のうち、亡忠夫が宝石の小売販売を業としていたものであることは認め、その余は不知。

2 請求原因Aの2の事実は否認する。

3 請求原因Aの3の事実は認める。

4 請求原因Aの4のうちダイヤの返還は認める。但し、ダイヤを返還したのは、亡忠夫の実兄訴外波田野清明であり、それは、被告ら三名の依頼によるものではない。

残債権の存在は否認する。

5 請求原因Aの5の事実は認める。

三  抗弁

(被告相山武夫)

1 被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美は自動車損害賠償保障法に基く保険金五〇〇万円を既に受取り、被告相山から見舞金一〇〇万円を昭和四七年六月頃受領した。

2 亡忠夫は、訴外亡相山武章が、事故前日の昼間横浜市所在の横浜カントリークラブに仕事に従事し疲労していたこと、事故当日の午前八時に前記横浜カントリークラブで会合の約束をしていたことを知りながら、同人に軽井沢までの運転を頼んだのであり、本件事故には、亡忠夫に五割程度の過失があり、損害額の算定について考慮すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実四の1は認める。

2  同四の2は否認する。

五  再抗弁

原告は被告波田野らを債務者、被告相山を第三債務者とする東京地方裁判所昭和四六年(ヨ)第八五二四号債権仮差押事件につき被告波田野らの被告相山に対する本件損害賠償債権を仮り差押し、第三債務者に対し右債権の支払いをしてはならない旨の仮差押決定を昭和四六年一二月二五日に得、同月三〇日までに右決定は債務者及び第三債務者に到達しているから、被告相山の右支払いは原告に対抗できない。

六  再抗弁に対する認否

右再抗弁事実中原告主張の仮差押決定がなされ、右決定が右主張の日までにそれぞれ送達されたことは認めるが、その主張は争う。

第三証拠〈省略〉

(昭和四八年(ワ)第二四七二号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告相山武夫は、原告波田野八重子に対し金四〇〇万円、原告波田野久美に対し金三〇〇万円、原告波田野直美に対し金三〇〇万円及びそれぞれに対する昭和四八年四月九日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告相山武夫の本案前の答弁

1  本件訴は却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

原告らの本訴請求原因は、昭和四六年一一月二七日群馬県安中市で発生した交通事故による原告らの被告に対する損害賠償請求権を行使するに他ならない。しかるに右債権は、原告の債権者と称する訴外高島嘉久により本訴に先だち代位行使され、現在、東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件として係属中である。従つて、本訴は二重起訴の禁止に触れ、不適法な訴訟である。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (事故の発生)

昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件の請求原因A3記載の事故に同じ。この事故で訴外亡波田野忠夫(以下亡忠夫という)は死亡した。

2  (責任原因)

被告は、事故車の保有者であり、運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法第三条による責任を負担するものである。

3  (損害)

(一) 亡忠夫の逸失利益 金二三九〇万四〇〇円

(1)  亡忠夫は宝石類の小売販売を業とするものであり、月平均二五万円を下らない収入があるので、同人の年収は金三〇〇万円を下らない。

(2)  亡忠夫の家族は、同人と同人の配偶者及び二人の子であつたが、亡忠夫の生活費は、その六〇パーセントに当る年間一八〇万円を超えない。従つて、同人の得べかりし年間利益は金一二〇万円を下らない。

(3)  亡忠夫は、死亡時二八才であり、平素より健康体であつたから、本件事故がなければ、後三五年間は就労可能であり、この間右に記載した金額の得べかりし利益を失つた。

(4)  右三五年間の利息をホフマン式計算で差引くため年別にホフマン式で年五分の利息を差し引いた残金の計算係数は、一九・九一七であるから、結局、亡忠夫の逸失利益の総額は、金二三九〇万四〇〇円である。

(二) 葬儀費用 合計金一〇六万五一四九円

原告波田野八重子は、亡忠夫の葬儀のため右金額を支出した。

(三) 弁護士費用 金六〇万円

原告波田野八重子は、被告に賠償を請求したが応じないので、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、本件事件の解決と同時に報酬等として金六〇万円を支払うことを約した。

(四) 損害の填補

原告波田野八重子は被告より昭和四七年六月見舞金として金一〇〇万円受領したのでこれを葬儀費用に充当する。

4  (相続)

原告らは、亡忠夫の逸失利益を法定の相続分に従つて相続した。従つて原告らは、次のとおり、被告に対し損害賠償請求権を有する。

(一) 原告波田野八重子

(1)  逸失利益相続分 金七九六万六八〇〇円

(2)  葬儀費用 金六万五一四九円

(3)  弁護士費用 金六〇万円

合計金八六三万一九四九円

(二) 原告波田野久美、同波田野直美

逸失利益相続分 各金七九六万六八〇〇円

5  よつて被告に対し、原告波田野八重子は、損害額の範囲内である金四〇〇万円(4の(一)(2) (3) 及び(1) の一部)、原告波田野久美、原告波田野直美はいずれも金三〇〇万円(各逸失利益相続分の一部)及びそれぞれこれに対する弁済期後である昭和四八年四月九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の波田野忠夫・相山武章らの死亡事故のあつたことは認め、その余は不知。

三  抗弁

昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件における抗弁に同じ。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実1は認める。

2  同2は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本案前の主張について

債権者が債権保全のため債務者の権利を代位行使し、訴訟を提起したときは、通常債務者はこれと同一の権利を行使して訴訟を提起することはできず、これを提起したときは二重訴訟となり、不適法として却下を免れない。

しかしながら、債権者の代位行使が許されるのは、債権者の債権保全のためであるから、代位権の行使は必要な限度に限られるというべきである。従つて債権者の債務者に対する債権が金銭債権であり、債務者の有する権利も又金銭債権であつて分割が可能である場合においては、債権者はその債権相当額について債務者の債権を代位行使すれば債権保全の目的を達し、それ以上の必要性は認められないのであるからこれを超える金額の部分についてまで代位権を行使し債務者の権利行使を制限する必要はなく、これを超える部分については、債務者が権利を行使し訴訟を提起することも許されるものといわねばならない。そして、この場合同一の債権であつても、それぞれ一部請求として訴訟物は別個になると考えられるから、両訴訟は二重訴訟には当らず、右限度内にある限り債務者の請求訴訟も適法であるといわねばならない。

従つて、債権者が債務者の権利を代位行使し、訴訟を提起したことの一事を以つて直ちに債務者の訴訟提起が不適法であるとすることはできず、審理の結果債務者の有する金銭債権の額が債権者の債務者に対する債権額の範囲内に止まり、これを超えるものでないことが明らかになつたときは、結局債務者の請求訴訟は不適法となり、又債権者の代位債権が存在しないことが明らかになつたとき、又は債権者の債権額を超える債務者の金銭債権の存在が明らかになつたときはその限度で、債務者の請求訴訟は二重訴訟とならず結局適法であるというべきである。(もつとも、両訴訟が別々に審理される場合必ずしも右の関係が明らかにされて両訴の間で矛盾牴触のない統一的処理がなされうるとは限らないため、適否の判断が困難であることが考えられるが、両訴訟が併合審理された場合右の関係が同時に統一的に判断されるのであるから、右判断によつて適否を決することができるものといわねばならない。)

本件の場合原告高島の被告波田野三名に対する債権、同人らの相山に対する債権は共に金銭債権であるから、右に従つて被告波田野三名の訴訟の適否を、本案請求に併せて判断する。

第二本案について

一  そこで、先づ昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件で原告高島の主張する被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美に対する金銭債権について検討する。

1  請求原因事実Aの1は原告高島と被告波田野三名との間に争がなく、被告相山との間では原告本人高島嘉久、被告本人波田野八重子の尋問の結果によつて認められる。

2  そこで、原告高島が亡忠夫に対して有していたと主張する金銭債権について判断する。

(一) 原告本人高島嘉久の尋問の結果により真正に成立したと認められる(振出人名下の印影が亡忠夫の印によることは右当事者間に争いがない)甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三および第四号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし二四、二七、原告本人高島嘉久、被告本人波田野八重子の各尋問の結果を総合すれば、原告高島嘉久が亡忠夫の死亡当時同人に対して請求原因Aの2記載の金銭債権を有していたこと(但し、2(三)のうちダイヤ一・八カラツト四二万円相当分は昭和四六年一〇月三日に委託されたもの)その内、約束手形金債権については、原告主張の支払期日の存すること、他の商品代金債権、加工料債権の支払期限については、原告と亡忠夫との間の取引の決済は、原則として月末締めの翌月一〇日として(実際には多少遅れることもあつて末日までに)支払う方法でなされており、通常の取引代金については、昭和四六年一二月一〇日であつたことが認められる。委託商品については、これと全く同一に扱われていたか必ずしも明らかでないが、左記(二)の返品を受けた商品の時期等弁論の全趣旨により取引上の債権は遅くとも原告主張の昭和四六年一二月三一日弁済期が到来していたことが認められる。

(二) 原告の亡忠夫がその後昭和四六年一二月一三日ダイヤ一・一二カラツト(価格二五万円)、ダイヤ一文字指輪(価格金七万四一四〇円)及びダイヤ一・八カラツト石(価格四二万円)の三個の商品が原告に返還され前二者につき商品代金から、後者につき損害金債権から差引いたことは原告の自認するところである。

3  亡忠夫が、昭和四六年一一月二七日交通事故により死亡したことは当事者間に争がなく、被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美が法定相続分(各三分の一)に従つて相続したことは原告と被告波田野三名との間に争がなく、被告相山との間においては、成立に争のない甲第五号証、乙第一号証の一ないし三によつて明らかである。

4  以上のとおり、原告高島の主張する昭和四六年一二月一三日当時原告は被告波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美に対しそれぞれ前記亡田中の債務三六七万一、一八〇円の三分の一に当る一二二万三七二六円の範囲内で一二七万三七二〇円及びこれに対する弁済期の後日である昭和四七年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金債権を有するものといわねばならない。

三  被告本人波田野八重子の供述によれば、右三名には被告相山武夫に対する損害賠償債権以外に資産として確たるものがないことが認められるので、原告高島が右債権保全のため右損害賠償債権に対し債権者代位権の行使が許されるものというべきである。

四  次に被告波田野八重子、同久美、同直美の相山長八に対する損害賠償請求権の内容について検討する。(昭和四八年(ワ)第二四七二号事件の原告波田野三名の被告相山に対する請求についても同時に判断する。)

1(事故の発生及び責任原因)

(一)  原告高島、及び原告波田野三名主張の(日付場所で)本件事故が発生し、この事故により亡忠夫及び相山武章らが死亡したことはそれぞれ当事者間に争がなく、本件事故車の運行によつて右事故が発生したことが明らかであるところ、成立に争のない甲第六号証、原本の存在及び成立に争のない丙第一号証、被告本人波田野八重子の尋問の結果によれば、原告高島及び原告波田野三名主張のような態様により右事故が発生したことが認められる。

(二)  成立に争のない甲第六、第七号証によれば、被告相山武夫(相山長八)が右事故車の使用者(三菱自動車株式会社が所有者)として登録されており、運行支配、及び運行利益共に同人に帰属すると推認されるので、同人を運行供用者と認めるべきであるから、特段の主張・立証のない本件では被告相山が自動車損害賠償保障法第三条により、損害賠償責任を負うものというべきである。

2(損害)

(一)  亡忠夫の逸失利益

被告本人波田野八重子、原告本人高島嘉久の各尋問の結果及び前記認定の原告高島との取引内容、弁論の全趣旨によれば、亡忠夫は宝石類の販売により月額金二五万円を下らない月収を得て妻及び子供二人の家族と生活していたこと、生活費としてガソリン代三万円、住宅費六万五〇〇〇円等月額一五万円を超えない額を支出していたことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。

そして、亡忠夫は死亡当時二八才(昭和一八年一一月二六日生)であることが成立に争いのない甲第五号証及び乙第一号証の三により明らかであり、原告本人(被告本人)波田野八重子の供述によると、亡忠夫は終始健康であつて、平均余命年数は三五年を下らないことは推認に難くなく、亡忠夫は本件事故に遭遇しない限り六三才まで(三五年間)稼働し、その間右月収金二五万円から生活費一五万円を除外した残額金一〇万円の純収益をあげ得たものと推認され、これによると、亡忠夫が死亡したことによつて失つた得べかりし利益金四二〇〇万円からホフマン複式(年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、現在価を算定すると金二三九〇万四〇〇円となる。

右金額を超える部分についてはこれを認めるに足る資料はない。

(二)  葬儀費用

被告本人波田野八重子の尋問の結果によれば、葬儀費用として約一〇〇万円を支出したとしているが、同人の尋問の結果により成立の認められる乙第二号証の一ないし一六の領収書類の合計金額は仏壇購入費を含め五七万一二一九円であり、直ちに右金額は認められず、更に右支出金額中には使途が必ずしも明らかでないもの、日常の出費と特に区別されないものも含まれるなど、の諸事情及び亡忠夫の社会的地位を考慮すると当時の葬儀費用相当額の損害は通常の費用の範囲内で金三〇万円と認めるのが相当である。

(三)  損害の填補

(1)  被告波田野三名が自動車損害賠償保険金五〇〇万円の支払を受け、又被告相山長八から見舞金として昭和四六年七月ころ、金一〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争がない。ので右金五〇〇万円を逸失利益から控除するとその残額は一八九〇万四〇〇円となる。

(2)  原告高島は右被告相山の右金一〇〇万円の弁済は仮差押債権者である原告に対抗できないと主張するが、原告は本訴において債権者代位権を主張するのであり、その行使を表明した訴訟提起前(このことは記録上明らかである)に債務者波田野八重子らに対して行つた被告相山の右弁済は代位債権者である原告に対抗できるというべきであつて、債権者の代位権行使によつて債務者である被告波田野に対する被告相山の債務の内容が不利益になるいわれはなく、代位債権者が代位の対象である債権の仮差押債権者であるとしても、この点は異らないといわねばならない。(原告の仮差押は被告波田野らに対する債権の保全のためになされたのであるから、その強制執行としての債権取立訴訟においては仮差押後の右弁済を仮差押債権者である原告に対抗できない。)

(3)  被告相山の支払つた右金一〇〇万円のうち前記認定の葬儀費用三〇万円に、残額七〇万円は逸失利益に充当する。

(四)  以上によると、被告(原告)波田野八重子、同波田野久美、同波田野直美は相続により、それぞれ被告相山武夫に対し各金六〇六万六八〇〇円を請求し得るところ、被告相山武夫が任意の弁済に応じないので、被告(原告)波田野八重子は本件訴訟を右三名訴訟代理人に委任し、金六〇万円の支払を約した旨主張するところが、これが明示になされたことを認定する証拠はないが、弁論の全趣旨及び弁護士に訴訟事件を委任するについては相当の報酬支払を約するのが通常であり、特段事情の認められない本件においても、黙示に右約束がなされたものと推認される。しかして本件事案の難易、前記請求認容額等一切の事情を考慮し、被告相山の負担すべき右報酬額は被告波田野三名につき各自金二〇万円(合計金六〇万円)と認めるのが相当である。

五  被告相山の過失相殺の抗弁について考える。

原本の存在及び成立に争のない丙第一号証、証人宮崎貞司の証言によれば、事故前日亡忠夫と相山武章は夜東京都内港区青山にあるスナツク「エミ」で会い、同日午後一一時頃同所から女性二人も同乗して事故車で軽井沢に向つたことが認められるが、相山武章が事故車を運転するに至つた経緯、特に亡忠夫との間でどのような事情が存在していたかは確認することができない。前掲丙第一号証、同証人の証言によつても、事故前日の亡相山武章の勤務状況、疲労状態、及び事故当日午前八時に同人の勤務先である横浜カントリークラブで人と会う約束があつたかどうかは明らかでなく、特に事故前日の勤務により過労な状態にあつた事情は認められず、又仮りに前記時刻に出発して軽井沢に至り、事故当日の午前八時頃までに横浜市内にもどることは多少無理な運転であつたが、疲労等によつて死亡事故にいたる危険の極めて高い無謀に近い運転であつたとは断定できない。

従つて、本件事故にいたつた亡相山武章の運転につき亡忠夫にも一端の責任があつたとは直ちに認め難く、被告相山の抗弁は採用できない。

六  原告高島の被告相山に対する請求債権の遅延損害金について検討するに、同原告の被告波田野三名に対する債権は商事債権であるから商事法定利率による年六分の遅延損害金が認められるが、被告相山に対する請求は、同人に対し、被告波田野三名が有する前記認定の損害賠償債権を代位行使するにすぎず、同債権の遅延損害金は民法所定の年五分の割合によるものであるから、原告高島の請求も右の限度で認容され、これを超える部分については理由がないといわねばならない。

第三結論

一  前記認定のとおり原告高島の被告波田野三名に対する請求債権額は合計金三六七万一一六〇円及び遅延損害金であるのに対し、代位行使の対象である被告波田野三名の被告相山に対する請求債権は(慰藉料を除いても)合計金一八二〇万四〇〇円存在し、その額は右原告高島の被告波田野三名に対する債権額を超えるものであるから、被告(原告)波田野三名の被告相山に対する請求は適法であるということができる。

二  前記認定によれば、

1(一)  被告波田野三名は各自原告高島に対し売買代金及び損害金一二二万三七二〇円及びこれに対する弁済期の後日である昭和四七年二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべきであり、原告高島の被告波田野三名に対する請求はいずれも正当として認容すべきである。

(二)  被告相山は原告高島に対し亡忠夫の逸失利益に相当する損害金のうち金三六七万一一六〇円及びこれに対する弁済期の後日である昭和四七年二月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告高島の被告相山に対する請求は右の限度で正当として認容し、その余は理由がないのでこれを棄却すべきである。

2  被告相山は損害賠償として(原告高島に支払うべき前記金額を除き)原告波田野八重子に対し金五四四万三〇八〇円のうち金四〇〇万円、原告波田野久美、同波田野直美に対し各金四八四万三〇八〇円のうち金三〇〇万円及びそれぞれに対する弁済期の後日である昭和四八年四月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであり、原告波田野三名の被告相山に対する請求は正当として認容すべきである。

3  訴訟費用中、昭和四七年(ワ)第九七〇一号事件について生じた分については民事訴訟法第九二条但書、第九三条第一項本文を適用して被告波田野三名及び被告相山の負担とし、昭和四八年(ワ)第二四七二号事件について生じた分は同法第八九条を適用して被告相山の負担とする。

仮執行宣言については同法第一九六条第一項を適用

4  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

(別紙)取引経過一欄表〈省略〉

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